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科学の功罪 [ 科学コミュニケーション]

昨日、ある駅前を歩いていた。私はロータリーの向こう側の地下鉄入口に行きたいのだが、
真っ直ぐには行けない。写真にあるエスカレータに乗って、ロータリーの上の大きな歩道橋
(広場)を通って、反対側のエスカレータを降りないといけない。

090708-092140.jpg
屋外型エスカレータは普通のよりメンテナンスが大変そうです。

まあ別によいのだが、地上を歩いても地下鉄入口に行けるようにしてくれたら、
エスカレータを登り降りしなくてよくなるし、一日中エスカレータを動かし続けるのも
なんか無駄な気がする。。。でも一方では、「ロータリーに侵入してくる自動車から
歩行者を守る」という大事な目的もありそうだ。あとエスカレータがなければ、往来が
なくなりそうなので、ロータリーに面するデパートなどの経済活動にも影響を与えそうだ。

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まあこんな感じに、とかくいろんなことには良い面と悪い面というか、功罪というか、
あちらがたてばこちらが立たずという場面が多い。
科学についても同じであろう。しかし、ついどちらか一面しか強調されないことも多い。

たとえば下記の記事。
●科学技術は役立たず、環境を壊すという教育 - 岡田克敏 (アゴラ)
 http://agora-web.jp/archives/680438.html

いわゆる教育やマスコミへの批判である。私もこの高校の先生の「手のあげさせ方」に
誘導的要素があるように思うし、毎日新聞記者の「科学と環境」の結び付け方にも疑問は
なくはない。だが、科学者の私自身、科学技術が環境破壊をしていることに同意する。
こんな経験を思い出した。

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愛知県のある里山で地下水などの調査を請け負った。
請け負ったと言っても無償であったが、私も少し興味を持っていたから引き受けた。
さて、実際に装置を持って山に踏み入ると、依頼主の団体が騒ぎ始めた。
「足元に気をつけてください!その草は○○といって、里山だからこそみられる草なのです」
「その苔は△△といって、里山を象徴する貴重な苔なのです」
始終、この調子である。これでは調査などできない。結局、どうしたかというと、
とりあえず「気をつけて」装置を設置して調査は行った。

たしかに環境破壊である。私などはがっしりした登山靴で来てしまったものだから、
歩くたびにドカドカと足跡がつく。しかし、である。この調査のそもそもの目的は、それら
貴重な生態系と地下水の関係を明らかにして、どうやって生態系を保全するか?
を考えるためであった。どうせぇっちゅうねん? というのが当時の私の心境であった。

いま思えば、調査に入ればそこにいる生物たちに多少のダメージを与える可能性がある
ことをあらかじめちゃんと説明しておけば、このように互いに嫌な思いをせずにすんだのだろう。
私は「簡単な装置で地下水のことがわかりますよ」というように、良いことしか言わなかった
気がする。ちなみに調査は試験的な1回だけで終わり、その続きはなされなかった。

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話を先のアゴラの記事に戻すが、記事中の「科学技術が環境を壊している」と思う高校生の
存在は、マスコミや教育現場でのフィルターによる架空のものと片付けるわけにはいかず、
科学を伝える側にも責任があるように思えてならない。この科学の功罪は、科学そのものに
あるケースは少なく、多分に社会的要請の結果である。だから科学者としては知らんぷりを
したいところもあるかもしれない。ならば、誰がどうやって科学の良さ・悪さを伝えるので
あろうか?例えば昨今、科学コミュニケーションという言葉も聞かれるようになったが、
このような科学の功罪はどの程度意識されているのだろうか?

そんなことをロータリーとアゴラの記事からぼんやりと考えている。
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yao

私はドキュメンタリー、自然等の絶景ポイントのTV番組よく見ます。(タレント等のが出てない番組の方)中でも日曜日18:00からの「世界遺産」好きなんです。(今年6月から地デジ受信機買った。しかし、未だブラウン管TVですが(w でもとてもきれいになりました。)

あれを撮影するには、とても大変で、遺跡に傷をつけないことはもちろん、絶景ポイント探すため、飛行機、気球、パラグライダー、潜水等、ありとあらゆる手段を使ってますよね。すごいエネルギーの無駄、もしくは撮影で普段なら入れてもらえないような場所にも入ることもしばしばある。

これって、大衆が行った気になる、もしくは大衆を代表している、からOK?

以前、熱帯雨林の研究でボルネオ(タリマンカン)島(だったかな?)の樹冠研究で地上30-50mまでやぐらを組んで研究データ取ってたなぁ。あれも自然破壊?

人が生活するうえで、食事をとり、家に住みTVエアコン冷蔵庫使い、服を着て、車に乗り、ゴミを捨てる。
センシティブな問題あるけどまた、誤解を招く発言かもしれないが、今日本(文明国と呼ばれる国)に住んでいる以上、人間の存在自体が環境破壊だと思う。







同じことなんだろか?

by yao (2009-07-09 12:56) 

MANTA

>今日本(文明国と呼ばれる国)に住んでいる以上、人間の存在自体が
>環境破壊だと思う
yaoさん、その通りだと私は思います。環境破壊も文明国だけの問題では
ありません。では我々人類はどうすればよいか? 人類やめますか?(笑)
そうもいかないので、少なくとも人類自身の利益と、環境などへの不可を
両方認識し、バランスさせていくしかないように思います。
by MANTA (2009-07-10 07:53) 

yao

昔(今でもかな?)ガイア理論的な話の中で、地球を一つの生命体と考えます。
人類はその中で、ウイルスもしくはガン細胞みたいなとらえ方してることありましたね。
地球が調子悪いので、そのウイルスもしくはガン細胞を発熱して殺すように(数を減らす)してるのだと。
だとしたら、とても悲しいですね。

今サミット開かれてますが、2050年までに50%削減(基準2000年でしたっけ?)といってますができるかどうか。
やはり国の差も(国土の広さ、経済状況)あるけど、一人当たりのCO2排出量にしないと不公平感あるなぁ。
すでに日本はかなりの効率化できてるし、これを経済発展させながら、50%削減?? まあ、それをクリアするのが技術革新ですけどね。
CO2排出量取引って・・・・。実態のない金のやり取り。バブルだなぁ。
by yao (2009-07-10 15:24) 

綾波シンジ

なるほど……
その水質測定とにたような経験をしましたので、ちょっと書いておきます。

とある場所でボーリングすることになった時、現地の案内役さんは、「これぐらいの穴を掘るだけですよ。」とその田の所有者に説明していました。地調の方が、事細かに手順を説明していたのですが、現時の人があまり理解していない。そこで、案内役さんが、上述の「いたって明快な」説明をした、という経緯です。
(実際掘るとなると、機材や、掘り起こしの土砂などでかなり田が攪乱されるのですが……現場の様子を見ていて、これは申し訳ないなと、密かに反省していました。)

ところで、MANTAさまのその調査(pH、ECの測定とお見受けします)での行動は、そんなに気にするほどの「環境破壊」なんでしょうか?
他にも、森林調査なんて木に穴を開けたりする(年輪調査)ので、かなり負荷が高いでしょうし。現場屋サンは何も出来なくなりそうです。
(この記事のトピックは、インフォームドコンセントの重要性ではありますが)
by 綾波シンジ (2009-07-10 20:05) 

MANTA

>昔(今でもかな?)ガイア理論的な話の中で、地球を一つの生命体と考
>えます。人類はその中で、ウイルスもしくはガン細胞みたいなとらえ方
>してることありましたね。
yaoさん、だんだん話が大きくなってきましたね(笑)
でも地球を相手にしている学問だと、必然地球スケールでのものの考え方
に到達するので、功罪も地球スケールになります。専門家としてはそれが
面白くもあり、難しくもあり、、、です。両面に向き合っていきたいと思っては
います。

微生物といえば、人間にとっては功罪両面持ち合わせてますね。例えば、
微生物による有機物の分解作用を、人に役立つ場合は「発酵」と呼び、
そうでない場合は「腐敗」と呼びます。さて地球にとっての人の存在も、
功罪両面あるとよいのですが、はてさてどうなのでしょうか?
by MANTA (2009-07-11 19:20) 

MANTA

>ところで、MANTAさまのその調査(pH、ECの測定とお見受けします)で
>の行動は、そんなに気にするほどの「環境破壊」なんでしょうか?
綾波シンジさん、皆さん、地下水の調査というと水質調査とお考えかもかも
しれませんが、このときは「電気探査」を行って地下水位を推定しました。
ケーブルを張ることと、直径1cmくらいの鉄の棒を10か所位にさすだけ(棒は
すべて回収します)ので、ボーリング調査よりもはるかに環境負荷は小さい
です。なので意気揚々と出かけたのですが、それでも足跡は付きますし、草も
通り道を作る程度にはのけないといけません。要は何を捨て、何を得るか、
自然調査といえども経済活動と同じような理念理屈が必要というわけです。
by MANTA (2009-07-11 19:25) 

yao

>微生物といえば、人間にとっては功罪両面持ち合わせてますね。例え
ば、微生物による有機物の分解作用を、人に役立つ場合は「発酵」と呼び、そうでない場合は「腐敗」と呼びます。さて地球にとっての人の存在も、
功罪両面あるとよいのですが、はてさてどうなのでしょうか?


深いですね。(w。
その深いところがみんな悩んでるのかもしれませんね。
お酒、みそ、醤油、ヨーグルト、キムチ、ナンプラー、チーズ、タバスコ、納豆、色々ありますね発酵食品。 ちょっと毛色が違いますが、抗生物質も。・・・・
色々ありますね。ただ、それは偶然に人類(人類だけではないですね。蟻もキノコ栽培してましたね。)が見つけ「お!!!、これっていいじゃん!!すごいおいしい」と見つけたにすぎません。(抗生物質以外)ただ、微生物が絡み、化学分解の過程の中で、その作用を利用してるだけ。分子の分解の過程(バイプロかな?)でさまざまな微生物が活躍していただき、人類に益があるものを使用しているだけ。そして分子は小さくなり、植物の「肥料」と呼ばれる窒素酸化物、燐化合物、小さくなった有機物、あと酸、アルカリ(ミネラル)まで、小さくなる。そしてまた・・・・。

大きなサイクルですよね。生物の中では弱肉強食とよばれ、自然界全体からみれば、元素の循環。
その中のサイクルを経験的に、そして今は科学的に解明(ご存じのとおり、まだ小さい限定的な反応でしかありませんがね)してますからね。

さて、植物に「意志」と思われるもの、あるのでしょうか?(w
専門外承知で聞いてます(w 気にしないでください。

でも「ある」と言われてもどうしようもありませんが。(w
私野菜大好きですから。(当たり前ですが、魚肉大好きです)

もっと話を大きくしてみました。(w
(これでおしまいです)


by yao (2009-07-12 00:24) 

MANTA

>さて、植物に「意志」と思われるもの、あるのでしょうか?(w
ちょうどいま読んでいる本に、動物の「自己認識」について書かれていました。
たとえばシカは、自分の角が通るかどうかを見極めて林を進むので、自己を
認識しています。ウニですら、自分のトゲトゲの間の砂などを取り除いている
そうでして、自己を認識しているそうです。植物はどうでしょうね?
光に向かって葉を伸ばすのは、たんなる反応なのか、自己認識なのか?
by MANTA (2009-07-12 12:34) 

yao

植物・・・
意志については解りません。あってもよし、なくてもよし。いやいや、そもそも私がMANTAさんへの質問です(w)
でもほんとに、どうなんでしょうね。
もしキャベツの収穫で 「イタイよぉ~」 なんて言われ続けたらいやだなぁ。

所詮 意志疎通できなければ、会話 にならないですしね。でもあるのかな?
植物に意志(?)がねぇ

実験すると「おまえの条件では変化してやらねぇ!!!」
よく聞きました(笑)・・・「実験失敗」をね。




by yao (2009-07-14 23:44) 

MANTA

>もしキャベツの収穫で 「イタイよぉ~」 なんて言われ続けたらいやだなぁ。
とはいえ、お肉もお魚も食べる我々。生きるとは残酷なことなのです。
by MANTA (2009-07-15 06:43) 

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