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ダメな科学者達(1) [ 科学コミュニケーション]

※下記には個人名がでてきますが、その方達を「ダメな科学者」と言っている
 わけではありません。読めばわかると思いますが念のため。

みなさんは「科学者」にどのようなイメージをお持ちだろうか?
試験管などを傾けつつ「新しい薬ができた!」というような感じだろうか?
「発明家」と似たような印象をお持ちの方もおられるだろう。
しかしすべての科学者がかならずしも「発明家」なわけではない。
例えば先日も、一般の方とのTwitterでのやりとりで、こんなことがあった。

「役に立たないことを研究してる、ダメな科学者っているんだろうか?トホホ」というような
つぶやきへ茶々を入れさせて頂いたように記憶している。しかし、実際のところ、どうだろう?
あるインタビュー記事を紹介しよう。

●美人すぎる地震学者、大木聖子環境情報学部准教授に聴く!! (2013年04月19日)
 http://sfcclip.net/news2013041901
(以下は上記から抜粋)
『Q. 東大地震研とSFCは違いますか? (SFC=慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス)
 A. みんなが「社会に役立つかどうか」を価値基準としていることに、とても驚いています。
 私は固体地球物理学という理学系の出身なのですが、そこでは「社会の役に立つ」という
 言葉は禁止ワードのような空気すらありました』

どうだろう? 意外に思われただろうか? 東京大学の地震研究所といえば、
地震予知計画・推進の総本山である。しかも彼女がいたのは、広報アウトリーチ室。
なのに「社会に役立つ」が禁止ワードなのだ。これは巨悪ではないか?

いやいや、悪くはない。実は私も彼女と同時期に東大地震研にいた(といっても彼女は
まだ学生であったが)。地震をちゃんと理解するには基礎研究が大事。当時はそのような
雰囲気が地震研を支配していた。震災後のいまも、おそらくそうだろう。
ちなみに東大地震研の科学者の多くは理学部出身である。

多くの科学者が、すぐに社会の役に立たない科学は「重要である」と表明している。
例えば下記は大阪大学 平野俊夫総長の言葉である(2012年12月19日)。
●山中博士のノーベル医学・生理学賞受賞に思う:改めて基礎研究の重要さを問う
 http://www.osaka-u.ac.jp/ja/guide/president/info/201212119
(上記より抜粋)
 『”国家100年の計は教育にあり”という言葉がある。教育や基礎科学を軽視する国には
  将来の展望は描けないと杞憂する』

学術の動向 2013年 02月号

学術の動向 2013年 02月号

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 日本学術協力財団
  • 発売日: 2013/02/01
  • メディア: 雑誌


それはよい。しかし中には、基礎科学こそ重要であり、応用科学には注力せずとも良い
という科学者もいる。例えば、とある科学コミュニケーション関係で出会った方(Aさん)。
私  「サイエンスカフェも面白いですが、工学カフェ(テクカフェ)なんかもどうでしょう?」
Aさん「…(意外という表情で)それは不要でしょう。工学は社会に役立っているのだから」
一般市民の科学技術への関心低下が叫ばれる昨今、理学も工学も関係なかろうと
思ったが、そうではないらしい。つまり「役立つ科学ではなく、役に立たない科学こそ
面白い」と、その方は世に伝えたかったらしい。

別な例。私自身が工学部へ職を得た時、「工学部でがんばってくださいね、でも私は基礎研究
でがんばるから」と学会などでお会いした時に声を大にして言いに来られる理学部の先生が
複数おられた。私は元々 理学部出身なのだから、私の前にやってきてわざわざご意志を
表明される必然性が理解できなかった。今思えば、それは理学系が工学系に抱く嫉妬や
敵対心だったのか?(工学系の先生はこういう感情を持ってはいないだろう)

これらを総合すると、一部の理学系の研究者からは「私は基礎科学が好き、研究費を
貰って楽しく科学ができればそれでいい、社会に役立つかどうか、そこから先は誰か
他の人が考えればいい」という雰囲気が読み取れる。

----
しかしそれでいいのだろうか?
(先に阪大総長が話題にされた)京大の山中伸弥氏の発言から、ある答えが読み取れる。
●「基礎研究 長期支援を」 山中教授に聞く
 http://www.nikkei.com/article/DGXNASGG1003T_Q2A011C1MM8000/
(以下、抜粋)
『応用まで時間のかかる研究には継続的な支援が必要だ』
『パーキンソン病の臨床研究も5年後をメドに始めたい』
彼は基礎研究が大事としながらも、臨床研究へのロードマップを描いている。
このような基礎と応用のバランスこそが大事である。地震の基礎研究をやりながらも
「いずれ地震が予知できるのだ!」と応用面を高らかに謳っていいのである。
あるいは「人類のロマンがそこにある!」も、もちろん「社会への応用」である。
…私の言っていることは間違っているのだろうか?

ちなみに(しばしば勘違いされているが)工学系の先生が基礎研究を蔑ろにしている
と思ったら大間違いですぞ。
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アヨアン・イゴカー

社会に役に立つこと、と言っても、それはその時代の人々が自分の知っている知識に基づいているにすぎません。人間の知識には限界が常にあり、いつ役に立つか分からないことの方が実際は多く、そういう研究の重要性は決してなくらないと思っています。
by アヨアン・イゴカー (2013-06-01 00:27) 

成魚の家族

結果ばかり追いかけている一般人にも責任があります
メディアも然り
GFPのように(工学系ではないですが)発見されて30年近くたって、応用研究で注目されたものもありますよね
下村博士の言葉をかりますと「あらかじめ予定されている成功などない」

私たちは言葉が適切かどうかはわからないけど、子供たちにはこういう感じで話します
「辞書を開いたら真っ白だったらどう?困るよね?基礎研究っていうのは辞書を埋めていくようなお仕事なんですよ」
どうでしょう?(^^;

ちょっと論点がずれてしまいました(汗)

by 成魚の家族 (2013-06-01 00:43) 

MANTA

>いつ役に立つか分からないことの方が実際は多く、そういう研究の重要性
>は決してなくらないと思っています。
----
>GFPのように(工学系ではないですが)発見されて30年近くたって、応用
>研究で注目されたものもありますよね

アヨアン・イゴカーさん、成魚の家族さん、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおりで、そういう例は枚挙にいとまがないですね。なのでいろんな
科学者がいても、モチロンいい。でも、だからって、社会との乖離があんまり
大きいのもいかがなものかと…  なんか引っかかるんですよね。
by MANTA (2013-06-01 06:50) 

MANTA

追伸:いぜんにも「科学」と「技術」のことについて書いていたことを思い出しました。
●そんなことで争ってる場合か(1)
 http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2010-12-21
by MANTA (2013-06-09 15:38) 

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